Rangefinder という存在
Rangefinder という存在
Summilux 50mm × LEICA M10-P という標準
レンジファインダーというカメラに出会い、ファインダーを覗き、ブライトフレームで構図を決め、距離計でピントを合わせシャッターを落とすという、その撮影スタイルを味わってから写真を撮る行為がなんとも言えず楽しいものだと知った。
それ以来、自身の作品やプライベートで持ち出すカメラはほぼレンジファインダーとなった。
同時にそのスタイルをイメージするFUJIFILM X100やX-Pro1から始まるFUJIFILM Xシリーズも愛用することとなった。もちろんそれらはスタイルこそ近いが、正確にはレンジファインダーではない。それらの魅力はまた別のところにある。
仕事も含め多くのカメラを手にする。プライベートから仕事まで自分にあったカメラを求め様々なカメラを購入してきた。そんな中で今年に入って手にれたLEICA SL。このカメラの良さに自身のこれまであったカメラに対する思いが大きく変わった。EVFでありながら大きく見栄のいいファインダー。自信所有のLEICA Mマウントレンズが使え、当然ながら撮った画はまさにLEICAの画そのもの。さらにLマウントアライアンスであるSIGMAのレンズを通す画もテイストが近く、AFでもLEICAの世界観を感じる画が撮れるというわけだ。あまりの良さにLEICA SL2まで手に入れてしまうと言う…。
それに慣れてくると、距離計でピントを合わせて撮った画は、シビアに言うとそのピントはジャストとは言い難い。それも含めて写真とはそういうものだが、狙ったピント位置が僅かにズレていても残念になってしまう写真も確かにある。
1千800万画素だったLEICA M9の頃はそういった事をあまり感じなかったが、M10になり解像度が増したことでピントのズレは気になるようになってきた。レンズもM9時代に多用していた35mmから最近は50mmをよく使いようになって、さらにピントもシビアだ。そんな事がいろいろ重なりM型レンジファインダーを持ち出す機会がだんだん減って来ていた。
ある東京出張で久しぶりにLEICA M10-Pを持ち出した。仕事の撮影はLEICA SL2を使用したが、合間の移動などでM10-PにSummilux 50mmを付けて少し歩いた。
僅かな時間だったが、久しぶりの東京ということもあってシャッターも進む。
LEICA SLという重さになれた体にはM型にSummilux 50mmという組み合わせはなんとも軽快だ。そしてファインダーを覗いては距離計でピントを合わせシャッターを落とす。忘れていたこの楽しさを思い出させてくれた。
35mm版フルサイズに標準50mmにF1.4という大口径で、驚くほどコンパクトなわけだ。そして写りはというと自身にとってこれ以上無いという画を出してくれる。撮る楽しさ、画の喜び。今更ながらレンジファインダーの魅力を再認識することとなった。
今やカメラの選択肢は多彩で、それこそ中判デジタルも決して手の届かない存在ではない。そんな中でLEICA Mは、ある意味別次元に高価なカメラであって、LEICA SL2よりも遥かに高いという存在である。
M8から始まったLEICA M DIGITALだが、モデルが変わるたびに価格も上がり、知らず知らずのうちにその異次元の価格が当たり前になっていた。もはや判断するところはそこではないと思うが、一つ言えることは、レンジファイダーというカメラは、自分の中から無くせない存在であることは間違いない。
意味もなくファインダーを覗きシャッターを切ってしまう。傍らに置いてずっと触っていたい存在だろう。写真が好きと同時にカメラが好きだ。いい画が写ることだけではなく、撮る喜びを与えてくれるカメラこそ愛機と言えるだろう。